よみもの2

銘酒「喜楽長」の
蔵元が踏み出した
新時代の一歩

喜多酒造 純米吟醸first

 私がよく足を運ぶ日本酒バーでカウンターから見える冷蔵庫にひと際目を引くお酒があった。そのお酒のラベルはピンクがかったオーロラ色で、びわ湖の形が髪型になった可愛らしい女の子のイラストが描かれていた。その独特な魅力に惹かれ、私はためらうことなくそのお酒を注文し、お酒を手に取った瞬間、はじめて喜多酒造のお酒と知る。

 一般的に喜多酒造のお酒は少し濃いめのイメージだが、飲んでみると、ほんのり甘く、優しい味わいが広がりました。また、後味のキレも驚くほど素晴らしかった。思い描いていた少し濃いめの印象はなく、むしろ初めて日本酒に触れる方にもおすすめしたくなるようなお酒で、まさにお酒の名前である「first」というネーミングにピッタリのお酒だ。これまでの先入観やイメージを覆すような、喜多酒造のお酒の魅力に触れた瞬間だった。

歴史ある蔵元に変革

 滋賀県の北東部に位置する喜多酒造は、周囲を壮大な山々に囲まれた風光明媚な地にある。この地域の美しい自然景観は、酒造りにとっても極めて重要な要素となる。酒造りの基盤となるのは、何と言っても良質な水だ。喜多酒造では、敷地内にある自家井戸から湧き出る鈴鹿山系の柔らかな水を使用している。この水は、創業から200年以上の歳月を経て、この土地ならではの「たおやか」な味わいを支え続けている。蔵元たちは、先代から受け継がれた想いやお客様の思いを大切にしながら、さらなる酒造りの向上を追求している。鈴鹿山脈の恵まれた水や冬の寒さ、そして自家酵母など、酒造りに不可欠な自然の営みを心から敬いながら、喜多酒造は酒を純粋に育てている。彼らにとって、これらの要素はまさに我が子のような存在だ。
 
 そして、杜氏である喜多麻優子氏は、大学卒業後大手食品メーカーや酒類卸で経験を積まれた。2015年の秋に、彼女は実家である喜多酒造に戻り、お酒造りの道に進むことを選んだ。最初の頃、酒造りの仕事は力仕事が多く、自身の身体的な限界を感じることもあり、苦労されたが、杜氏としての道を歩む中で、麻優子氏は男性中心の環境にとらわれることなく、自身の能力を最大限に発揮し、新たな仕事の仕組みを築き上げたのだ。

伝統と柔軟性の融合

 近年、酒造り業界において女性が杜氏として活躍する姿が増えてきている。その中でも麻優子氏は、喜多酒造での活動を通じて酒造りの風景を大きく変えることに成功した。男性が主導してきたこの業界において、彼女は自身の能力を最大限に活かし、大胆に仕事の仕組みを変革した。麻優子氏は、酒造りにおける体力的なコントロールの重要性を説いておられ、例えば、重いものを運ぶ際には重さを半分にしたり、2人で協力して運ぶようにしたり、仕事の内容に応じて柔軟に対応し、これにより、酒造りの負担を軽減し、チーム全体で協力しながら作業を進める環境を作り上げた。また、休息の重要性にも着目した。従来の泊まり込みでの働き方ではなく、リフレッシュのタイミングを大切にすることを提案した。酒造りは機械ではなく人間が行うものであり、集中力が切れてしまうと良い酒を造ることが難しくなるという彼女の考え方は、酒の味にもでてきて、穏やかさが生まれたと語る。

 彼女の変革は、伝統を尊重しながらも現代のライフスタイルや価値観に合わせた柔軟な働き方をされていて、とても共感した。現代の社会では、伝統を守りながらも柔軟な改革が求められている。麻優子氏のような変革者が登場し、新しいアイデアや取り組みが導入されることで、酒造り業界全体が進化し続けることができるでしょう。

私らしさと喜楽長

 2020年に登場した「first」は、注目に値する一本である。日本の酒蔵において女性の蔵元は数少なく、周囲からの期待度も大きい。麻優子氏はさまざまな試行錯誤を重ねた中で、「はじめて」というテーマに着目することになる。彼女が自然な感覚を掴みながら酒造りに取り組んだ結果、そこから「first」が生まれた。

「first」は、喜楽長の他のラインナップとは明確な差を持っている。その外見からは、まったく異なる印象を受けるだろう。しかし、その裏には吟吹雪や自社酵母といった、これまで喜楽長で培われてきた手法や材料が使用されている。麻優子氏は、喜楽長の柔らかさや魅力を保ちながらも、今の時代に合ったお酒を造りたいという思いから、「first」を生み出したのだ。もしも「first」を気に入っていただけたら、同じ材料から造られた喜楽長のお酒も徐々に愛されることだろう。それゆえ、「first」は、喜楽長の系譜の中に位置し、日本酒の世界において新たな可能性を切り拓く存在なのだと私は考える。

新しい一歩

 「first」は、喜多酒造が展開する日本酒の中でも独自の存在感を放つ特別な一本だ。そのテーマは「軽さ」「淡さ」。繊細でありながら華やかさを備え、やわらかな印象を与えると同時に、どこか強引さを感じさせない。まるで味わいが口の中でふんわりと広がった後、すっきりと消えてしまうかのようなイメージでつくられたのが、「first」だ。麻優子氏は、「喜楽長」のファンの方々からも、「喜楽長らしさが感じられる」という感想を頂戴したと喜びを語っている。確かに、これまでの喜楽長は素晴らしいものだが、麻優子氏はこれからの喜楽長を作り上げるイメージとの一致を感じたのだろう。彼女の笑顔からもその確信がにじみ出ている。

 「first」の味わいは、華やかな香りと上品な甘みが特徴的だ。さまざまな料理との相性も抜群で、柔らかな味わいや程よい甘みが引き立つ組み合わせが多い。「鯛のカルパッチョ」や「くるみのサラダ」といった料理はもちろん、思い切って「マシュマロ」や「桃」とのペアリングを楽しむのもオススメだ。さて、次はどんな料理「first」を合わせようか、考えるだけでワクワクしてくる。

 この「first」は、まさに初めての体験を提供してくれる日本酒である。日本酒が初めての方や喜楽長が初めての方にこそ、ぜひ喜楽長の想いが詰まった「first」を味わっていただきたい。一杯の「first」を通じて、新たな一歩を踏み出す勇気や喜びを感じてほしい。

PAGE
TOP